なぜ情報を集めるほど、逆に止まってしまうのか

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こんにちは、はざまです。

今は本当にたくさんの情報があります。
物販。
ブログ。
AI。
SNS。
YouTube。
情報発信。

検索すれば、それっぽい答えはいくらでも出てきます。

昔より情報にアクセスしやすくなったはずなのに、
「何をしたらいいか分からない」
と感じる人はむしろ増えているようにも見えます。

そして実際、情報を集めるほど前に進めなくなる
という感覚を持ったことがある人も少なくないのではないでしょうか。

今日は、なぜ情報を集めるほど人は止まってしまうのか。

そして、その状態とどう付き合えばいいのかについて考えてみたいと思います。

この記事で分かること

・なぜ情報を集めるほど止まってしまうのか
・「知る」と「活かす」を分けた方がいい理由
・不安と情報の関係
・情報との付き合い方
・小さく進むことの意味


情報を集めるほど動けなくなるのはなぜか

結論から言うと、情報を集めるほど動けなくなるのは、知識が足りないからではなく、判断材料が増えすぎるからです。

分からないことがある。
不安になる。
だから調べる。
これは自然な流れです。

しかし調べ始めると、言っていることが違う。
やり方も違う。成功者も違う。

すると今度は、「結局どれが正しいんだろう」
という状態になります。

そして、「もっと調べれば答えが見つかるかもしれない」とさらに情報を集める。

気付けば、行動するために集めた情報によって、逆に動けなくなっている。

そんなことが起きます。

情報が多すぎると、人は判断しにくくなる

認知科学では、人は処理できる情報量に限界があると考えられています。
選択肢が増えれば増えるほど、判断は難しくなります。

例えば、ラーメン屋に行ってメニューが3種類なら選べます。
でも100種類並んでいたら、逆に決められなくなる。
情報も似ています。
知れば知るほど合理的になるように見えますが、実際には、選択肢も、失敗パターンも、リスクも見えるようになる。

その結果、身動きが取れなくなることがあります。

「知る」と「活かす」は別の作業

ここで一つ大事だと思うことがあります。
それは、知ることと活かすことは別ということです。

現代は、何かを知った瞬間に、「で、それをどう活かすの?」と問われやすい時代です。

本を読んだ。
動画を見た。
記事を読んだ。

するとすぐに、「じゃあ何をやるの?」となる。

でも本来、知識を得ることと、それを使いこなせることは別です。
教育心理学でも、知識の獲得と知識の活用は別のプロセスとして扱われています。
知ったからといって、すぐできるようになるわけではありません。

しかし私たちは、知った瞬間に活かそうとする。
だから苦しくなる。

探索と実行は分けてもいい

学習論では、情報を集める段階と、
実際に行動する段階を分けて考えることがあります。

探索と実行です。

探索では、広く見る。調べる。知る。
実行では、一つに決める。試す。進める。

本来は別の作業です。

でも現代は、探索しながら実行し、実行しながら探索し、さらにSNSで他人の成功例まで流れ込んでくる。

だから頭が疲れる。

だから私は、「今は探索の段階なんだな」と考えるようにしています。

今すぐ全部活かさなくてもいい。
まずは知るだけでもいい。
そう考えると少し楽になります。

岡潔の「情緒」という考え方

自分がこう考えるようになった背景には、数学者の岡潔の影響があります。

岡潔は、日本を代表する数学者の一人です。
海外でも長く解けなかった難問を解いた人物として知られています。

そんな岡潔が重視していたのが、
「情緒」
でした。

普通、問題は論理で解くものだと思いますよね。
でも岡潔は、数学は情緒で解くという趣旨のことを語っています。

故郷の匂いを感じた時、ふっと懐かしさが立ち上がる。
その感覚に近い形で、答えが姿を現すことがあるというのです。

だから、無理に掴みに行かない。
情報を沈殿させる。
忘れるくらいでいい。
頭のどこかに置いておく。
するとある時、バラバラだったものが繋がる。

私はこの考え方にかなり救われました。

本当はやるべきことを知っていることも多い

情報を集め続けていると、ある時こんな感覚になることがあります。

「結局、自分がやるしかないんだな」と。

本当にやるべきことは、案外最初から分かっていることもあります。

でも、それはたいてい
・面倒
・怖い
・痛い
・失敗したくない
ものだったりします。

だから情報を探す。
もちろんそれ自体は悪いことではありません。

ただ、情報収集だけで前へ進めるわけでもありません。
どこかで一歩踏み出す必要があります。

一口だけでいい

だから私は、一気に変わろうとしなくていいと思っています。
本当に一口だけでいい。
苦いものを一気に飲み込むのは大変です。
でも一口なら飲める。

今日は一口。
明日も一口。

そんな進み方でもいい。
情報を全部理解してから進もうとすると、いつまでも動けません。

だから、少し理解したら少し動く。
また知る。
また少し動く。

それくらいで十分なのだと思います。

それでも動けない時は

そう言われても、どうしても動けない時はあります。

腰が重い。
気力が湧かない。
考えるだけで疲れる。

そんな時もあります。

そういう時は、無理に動かなくてもいいのかもしれません。
何かをしなければならない。
そう思い続けること自体が、負担になっていることもあります。

焦らない。
立ち止まる。

それもまた一つの選択だと思います。

まとめ

・情報を集めるほど止まることは珍しくない
・原因は知識不足ではなく判断材料の増えすぎにある
・「知る」と「活かす」は別の作業
・探索と実行を分けて考えると楽になる
・情報は無理に使い切らなくてもいい
・沈殿させる時間にも意味がある
・一口だけでも前に進めば十分
・焦らず、自分のペースで進めばいい

情報が多い時代だからこそ、全部を使いこなそうとしなくてもいい。

まずは知る。
そして必要な時に活かす。

それくらいの距離感の方が、案外前へ進めるのかもしれません。

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