投稿者: hazama

  • 完成には二種類ある― 発達障害、縄文、そして副業が続かない人のための時間設計

    ≪この記事を読むとわかること≫

    * 完成には二種類あるという仮説
    * 発達障害やタスク遂行の苦しさを別の角度から見る視点
    * 縄文遺跡から見えてきたもうひとつの完成感覚
    * 現代社会が前提としている「完成」の正体
    * 自分に合った完成様式を考えるための補助線
    * 延伸的完成を副業や学習にどう実装するか



    はじめに|これはまだ仮説の段階です

    これがどういうことに役に立つのかは、自分でもまだ測りかねています。

    これは、完全に整理された理論ではありません。

    最近、自分の中でいろいろ考えていることを、とりあえず言葉にしてみている段階です。

    ただ、ひとつ思っていることがあります。

    これはもしかすると、発達障害だったり、仕事や日常生活のタスクで苦しんでいる人に対して、ひとつの見方を提示できるかもしれない、ということです。

    世の中には、

    「できて当たり前」

    とされていることがかなり多い。

    締切を守る。
    逆算して動く。
    ゴールを設定して計画を立てる。

    それができないと、

    怠慢だとか、甘えだとか、努力不足だとか、そういう言葉で片づけられやすい。

    でも最近、自分は思うんです。

    それって、本当にそうなんだろうか。

    もしかすると、

    そもそも完成の捉え方そのものが違う人がいるんじゃないか

    と。


    縄文にかぶれて見えてきた違和感

    最近かなり縄文にかぶれています。

    縄文かぶれですね。

    本を読んだり、遺跡について調べたり、自分なりにいろいろ考えたりしているんですが、その中でかなり衝撃を受けたことがありました。

    縄文遺跡には、巨大な環状列石や立石、大型柱建物の痕跡があります。

    たとえば秋田県の大湯環状列石。

    あるいは三内丸山遺跡。

    調べていくと、こういったものって、

    「工期を決めて一気に完成させた」

    というよりも、かなり長い時間をかけて、何度も手を加えながら形成されていった痕跡があるんです。

    とくに三内丸山遺跡の大型柱建物は、千年近く、あるいは1500年規模で建て替えや更新が続いていた可能性がある。

    これがかなり衝撃でした。

    1500年かけて作ろう、なんて普通は思わないじゃないですか。

    現代人だったら、

    いつ完成するのか。
    工期はどれくらいか。
    どこが終点なのか。

    まずそこを考える。

    でも縄文のこういう痕跡を見ていると、どうもその感覚がしっくりこない。

    むしろ、

    とりあえず作る。
    あるところまで整ったら、それを完成とする。
    また必要になったら続きをやる。

    そういう感覚だったんじゃないかと思ったんです。

    そこから、自分の中にひとつの仮説が立ち上がりました。

    完成には二種類あるのではないか。

    現代社会を支える「直線的完成」

    ひとつは、僕たちが当たり前のように使っている完成です。

    これを、

    直線的完成

    と呼んでいます。

    これは、始まりがあって、明確なゴールがある完成です。

    そして、そのゴールに向かって一直線に進んでいく。

    たとえば学生ならテスト勉強。

    テストまであと二週間。

    そこをゴールとして設定して、逆算して勉強計画を組む。

    仕事なら納期。

    月末までに提出。
    この日までに納品。
    何日までに終わらせる。

    資格取得も同じです。

    未来のある一点を固定し、そこから逆算して現在を組み立てる。

    これが直線的完成です。

    そして現代社会は、ほとんど全部これで動いています。

    学校もそう。
    会社もそう。
    行政もそう。

    調べてみると、マックス・ウェーバーが論じた合理化された秩序にも、この感覚が通じています。

    やっぱり大きいのは、時計とカレンダーだと思います。

    時間を一分一秒まで区切り、同じ時間軸を共有する。

    そうすることで、大人数が同じ目標に向かって動けるようになる。

    だから現代で「仕事ができる人」というのは、多くの場合、

    直線的完成を他者と共有する精度が高い人

    なんですよね。

    もうひとつの完成|延伸的完成

    でも、自分は思うんです。

    完成って、それだけなんだろうか。

    縄文を見ていて、どうしてもそうは思えなかった。

    そこで考えたもうひとつの完成が、

    延伸的完成

    です。

    これは終着点が固定されていません。

    その都度その都度、整ったところまでを完成とする。

    そしてまたそこから伸ばしていく。

    ここで重要なのは、

    これは未完成ではない

    ということです。

    ちゃんと完成なんです。

    ただ、その完成が閉じていない。

    開かれている。

    たとえば外で橋を作っているとします。

    雨が降ってきた。

    現代的な感覚だと、

    「ああ、途中で終わった」

    ですよね。

    でも延伸的完成では違う。

    雨が降るまでに整えたところまでが、その日の完成なんです。

    そしてまた次に続きをやる。

    するとまた新しい完成が生まれる。

    完成が、

    完成 → 完成 → 完成

    と連続していく。

    これは、

    開かれた完成

    です。

    発達障害やタスクの苦しさを別の角度から見る

    ここで、かなり思うことがあります。

    もしかすると、発達障害と言われるものの一部。

    あるいは、

    * タスク管理が苦手
    * 締切が苦しい
    * 逆算がどうしてもできない
    * 未来の一点を固定すると思考が止まる

    そういう人たちって、

    直線的完成への適応が弱いだけなんじゃないか

    と思うんです。

    もちろんこれは医学的な診断の話ではありません。

    あくまで自分の仮説です。

    でも、自分はかなりここに可能性を感じています。

    未来の一点を置く。
    そこから逆算する。

    これが自然にできる人もいる。

    でも、それがどうしても苦しい人もいる。

    そういう人は、

    その都度整えながら、少しずつ伸ばしていく

    という延伸的完成のOSで動いているのかもしれない。

    そう考えると、

    それは怠慢ではなく、

    完成OSの違い

    として見えてきます。

    これはかなり救いになる見方だと思っています。

    大事なのは「逃げること」ではなく、知ること

    もちろん、

    「自分は延伸的完成タイプだから締切を守らなくていい」

    という話ではありません。

    現代社会はこれからも直線的完成で動いていきます。

    納期も締切もなくならない。

    大事なのは、

    自分がどういう完成感覚を持っているかを知ること

    だと思うんです。

    そこを知らないまま、

    「なんで自分はできないんだ」

    と責め続けるのはかなりしんどい。

    まず、

    完成はひとつではない

    という補助線を持つ。

    それだけでも、自分の見え方はかなり変わると思っています。

    では、どう現代社会と折り合いをつけるのか

    ここからが、実践の話です。

    じゃあ結局、現代に適応していくためにはどうしたらいいのか。

    ここが一番大事だと思っています。

    延伸的完成に引い出ている人っていうのは、その都度、

    何日後のために今これをやる

    とかっていうことがやっぱり苦手なんですよね。

    未来の一点を固定して、そこから逆算して動くっていうのが、どうしても重い。

    だから、そういう人は、

    小さく完成させていく

    っていう完成感で動くのがすごく大事かなと思っています。

    毎朝10分、本を読む

    これは自分が実際やってることなんですけど、毎朝10分、電車の中で本を読むんですよ。

    もう10分って決めてるんですね。

    なんで10分かっていうと、新書だったら1章ぐらいは読めるし、情報量を意図的にコントロールできるからです。

    頭の中の容量を食わなくて済むんですよね。

    だから、読んだ時に立ち上がってくる問いっていうのを、なるべく保持しておける。

    これがかなり大きい。

    その問いを保持しておくことで、日常生活の中で気づいたことと紐づけたりとか、仕事の中で見えたことと接続したりとか、別の本を読んだ時に急につながったりとかする。

    自分はこれを結構、発酵に近い感覚だと思っていて。

    読んだ時に立ち上がった知識とか問いっていうのは、いわばモロミなんですよね。

    まだ完成された答えじゃない。

    でも、それを時間をかけて寝かせていくことで、発酵していく。

    で、ある日ふと、

    「ああ、こういうことだったのか」

    って輪郭が立つ。

    自分は、何かを学ぶって結構この感覚が大事なんじゃないかなと思っています。

    直線的完成で動いてる場合だと、

    今日中にここまで読む
    今週でこの本を終わらせる

    みたいな考え方になると思うんですよね。

    でも10分っていうゴールはあるけど、その10分の中で何ページ読むかとか、どこまで読まなきゃいけないかっていう制約はない。

    だから極端な話、

    一行しか読めなくてもいい。

    それでも10分向き合ったなら、それで完成なんです。

    これって、延伸的完成を直線的完成の中にくび込んだやり方なのかなと思っています。

    副業は「やらなくてもいい」から難しい

    これって、ぶっちゃけ本業よりも、副業とかビジネスの時の方が大事かもしれません。

    副業って、自分の意思でやっていかなきゃいけないじゃないですか。

    やらないって決めたら、やらなくてもいい。

    誰にも怒られない。

    そこが難しい。

    やっぱり気負うんですよね。

    どうしようとか。

    ちゃんとやらなきゃとか。

    やったことないことをやろうとすると、それだけで認知負荷ってかなり高くなる。

    しかも外からの制約がない。

    だからこそ、

    もっと簡単に考える。

    もっと身軽に考える。

    これはかなり大事だと思っています。

    築古戸建てリフォームの話

    これは本で読んだ話なんですけど。

    築古の家をセルフリフォームして、それを賃貸として貸し出す副業をしている人がいるんですね。

    最初のうちは、毎週毎週、週末にコツコツコツコツ家を直していく。

    で、その人がどうしてるかっていうと、

    とにかく

    掃き掃除だけでいいからやろう

    って決めるんだそうです。

    それぐらいの気持ちで臨む。

    「今日は床を全部張り替える」とかじゃない。

    掃き掃除だけ。

    そうすると、不思議と作業性興奮が起きるんですよね。

    掃き始めると、

    じゃあもう少しやろうかな

    ってなる。

    これってかなり示唆的だと思っていて。

    要は、

    簡単なルールを決めればいい

    んですよね。

    10分だけ掃き掃除しよう。

    それで完成。

    そこから先は、動きたくなったら動けばいい。

    eBayも「5分だけ」でいい

    たとえばeBayでもそうです。

    毎日リサーチしなきゃと思ってても、なかなかできないことってある。

    そういう時は、

    もう5分でいいからパソコンを触ろう

    でいいと思うんですよ。

    極端な話、

    パソコンを立ち上げて、キーボードを触るだけでもいい。

    そこを完成にする。

    そうすると、触ってるうちに気づくことがあるんですよね。

    なんか使いづらいなとか。

    画面の配置こうした方がいいなとか。

    で、たとえばキーボードが使いづらいなと思って、新しいのに買い替えたとする。

    それだけでちょっとやる気が出たりする。

    そういう些細な気づきが、次の動きにつながる。

    やっぱり触ると、気づくことが増えるんです。

    気づくと、人間って調べたくなる。

    そこから少しずつ延びていく。

    これが延伸的完成なんだと思っています。

    終了条件は、もっと気まぐれでいい

    これは別に時間じゃなくてもいいと思っています。

    雨が降ったらやめる。

    花が咲く頃に一区切りにする。

    お腹がグーって鳴ったらやめる。

    くしゃみしたら終わる。

    それぐらいでもいいと思うんですよね。

    とにかく、

    なんか気まぐれにやめられるぐらいの完成感

    を持っておく。

    これってかなり大事だと思っています。

    自分に鉄の規定を敷くと、人って不思議なくらいそこから遠ざかっていくんですよね。

    だから、副業みたいに外からの制約がないものほど、軽い方がいい。

    おわりに

    やらなきゃいけないってわかってるのに、どうしてもできない。

    そういうことってあると思うんです。

    でも、それって単純に意志が弱いとか、怠けてるとか、そういう話じゃないかもしれない。

    完成の持ち方が違うだけかもしれない。

    だから、

    もっと簡単に。

    もっと身軽に。

    5分だけ。

    掃き掃除だけ。

    触るだけ。

    それを完成にする。

    その小さな完成を、少しずつ連続させていく。

    それが結果的に、ちゃんと前に進んでいく。

    もしこの記事が、

    自分が苦手としていることとか、なんかできないなって思ってることを、少しずつ克服していくきっかけになったら嬉しいです。